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睡眠のあいだに生きてる

ながい寝言です

椅子は増えている

今年も@Nanaio627さんの呼びかけにより参加させてもらう企画、

nanaio.hatenablog.com

 

です。今年ももうこの日がやってきたんやなあと昨年の記事を

読み直したりしています。

 

今年は『嬉しかった配慮と感謝の気持ち』というお題もあります。

いつもテーマからズレてしまう私なので、果たして大丈夫なのか

いや多分無理だろうと思いながら、つらつらと思いだし書きです。

 

私はしつこく人を恨むタイプの人間です。

もう20年以上前の就職先でのパワハラをついこないだも夢で

見て、あのヤローと呪いの言葉を朝から吐いたりします。

その反面、良くしてもらうとものすごく感激します。名も知ら

ない人に、幸多かれとすぐ祈ります。

 

そんな人間なので、息子たちと暮らす毎日は恨みと感謝が

交互にやってきます。

 

たとえば息子1が発達の遅れから、保健所で定期的に経過

観察に来るように言われた時。

理由もわからず、(自閉症を疑う知識すら持っていなか

ったので)オロオロする私に、のらりくらりと何も教えて

くれなかった保健婦さんを恨んでたりします。

でもその人が言ってくれた

「幼児サークルもしんどければ休んで良い、笑って過ごせ

 てるのが一番だから」という言葉には感謝してたりする

非常に自分勝手な人間です。

 

そんな人間なので、細かく覚えている感謝をよりぬいて

書くよりも大きく感謝していることを、今日は書いておこ

うかと思うのです。

 

実は私は、今の状態に感謝の方が大きいのです。

不満はあっても、それでも。

 

 

私には弟がいます。

彼は年子の私が物心ついた頃から思い出しても、おそらく

発達障害を抱えた子どもでした。

あの時代でも「自閉症」の疑いはあったと思います。

度々母は保育園や、学校で、検査を受けてみないかという

ようなことを言われたらしいのですが、障害への偏見が

今よりも強かったあの頃、若い母はそれを受け入れる知識も

教養も環境もありませんでした。

また、そんな保護者ごと受け入れてくれる場所も知りません

でした。無かったのかもしれません。

 

ありがちな、とてもありがちな発達障害を持つ子とそれを

知らずに暴力で矯正するような過程の話は置いておきます。

 

弟は数々のトラブルを起こしつつ、成長しました。

私は弟が嫌いでした。

そんな弟を贔屓しながら、理解しない親も嫌いでした。

今では弟は母へ絶縁状を送ったきりで、10年以上も

会っていません。

 

 

今私は、自分の子どもたちが高機能自閉症と言われ、発達障害

いうものを知り、保健所から児童相談所へ繋がり、療育を受ける

ことが出来、医療機関とも繋がりを持ちつつ、学校へ説明し、

理解してくれる先生方がいます。配慮を受けながら穏やかに育って

いる子達を見ながら、『もしも』と考えます。

 

もしも弟にも、同じ時代、同じ環境があればと。

 

弟は面白い子でした。

人一倍傷つきやすい子でした。

迷わずによく歩く子でした。生き物が大好きでした。

弟の指標はいつも、少し年上の私でした。

私はどれだけ喧嘩をしても、自分を裏切らないと

心底信じていました。

他の子達は自分をバカにするのだとよく悔し泣きを

していました。

絵は上手かったけども筆圧が強すぎる子でした。

 

たくさん思い出します。

もしあの子に、うちの子たちのようなこの場所があったならと

事あるごとに思い出すのです。

 

 

だから今、思い出すとやはり感謝の方が大きいのです。

 

1歳半検診で見落とさなかった保健婦さんも、出来たところの

相談センターを紹介してくれた人も、その相談センターで気長に

話を聞いてくれた人も、児童相談所ケースワーカーさんも、幼

稚園の先生も、児童心療科の先生も、学校の先生も、子どもの友

だちも、その保護者さんも。

 

嫌な事ももちろんあったし、恨みももちろんあるけど。

 

それでも、自閉症発達障害への知識や理解が、あの頃よりも、

うちの子達が小さかった頃。

うちの子たちが小さかった頃よりも、今。

 

確実に拡がってるなあと実感しているので。

そうして知って、拡げてくれている人たちに感謝しています。

 

『知ること』の大きさは、たぶん普通の人が思う以上です。

軽々しく「アスペじゃね?w」と嗤う人がいます。

それを怒る人がいます。

どちらも知っている人がいるからです。

私は「変な子」を見なかったフリをする人たちも

昔は多く居た事を覚えています。

だからといって障害を嗤う事を許してるわけじゃないん

ですが、無かった事にしてた頃を思うとすごいなあと思うんです。

 

 

この世の中には自閉症の人たちがいます。

あーあの人は自閉症なんだなあ、と知って、思う

事で私の中に、自閉症の人の座る椅子ができます。

別にその椅子をどうこうする事はないです。

特別な場所に置く事もないです。捨てる事もない

です。

ただ場所が増えるだけです。

椅子に誰かを座らせないといけないわけでもない

ので、普段は空いてたりもします。座ってた人は

時に動いて、パン屋さんの椅子に座ったり、コン

ビニの店員さんの椅子に座ったりもします。

たまに私も発達障害の椅子に座ったりします。

自閉症の椅子にまた違う誰かが座ったりします。

本当はどの椅子でもいいんです。椅子は椅子です。

ただ、知らなければ、場所は生まれず、場所がない

から所在無げに消えていく人たちがいました。

 

「自分の目の前から消えれば、それで平気。」

そう思って椅子を作らないままでいる事もできます。

けどそうして椅子を作らないままでいると、いつか

自分も自分の椅子取りゲームに参加する事になると

私は思っています。それはこのお話とは別のお話ですが。

 

 

私の感謝は、椅子を作る力を出してくれた人に。

そしてその椅子を自分の中に置いてくれた人に。

昔よりもたくさんの椅子が増えた事に。

 

そしてもっともっと知ってほしい。

できればあの椅子はどんな座り心地なのかな?と

少し想像してほしい。

私がこの日に思うのは、増えた椅子にかつての

弟のような子が気軽に腰掛けて、好き勝手に移動する事。

 

拙い記事は、ヘタでも椅子作りのつもりw

青いライトが消えても、どうか誰かが座れる椅子が残りますように。

そう願っています。

 

 

 

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告知のつづきの話

昨日、息子に渡した本↓

www.amazon.co.jp

 これは本当に丁寧に書かれていて、私は息子本人にどう話すか?

ということで、頭がいっぱいだったんだけど、知った本人がその

障害である事を次に誰かに話す場面も考えて書かれていた。

 

おお!と思いましたよ。

 

これは本当に本当に、大事なこと。

保護者もやってしまいがちだと、以前から私は思っていて、なのについ

忘れがちというか、抜けてしまいがちなんだけど。

 

私には「障害」がある、けど、「障害」は私ではない。

「障害」のある私は私だけど、私を語る時に「障害」が必要なのかどうか?

 

息子を誰かに託す時、

「息子をお願いします、時々困ってる場面があるので助けてください」

というのと

「息子は障害がありますので、よろしくお願いします」というのは

ちょっと違うんじゃないか?と感じていて。

 

そして何より、息子たちが大きくなってきた頃、私はその頃にもブログを

書いていたけども、彼らにとってプライベートな情報の一つを、保護者だから

といって私からの視点や思い、考えだけで書いていていいのか?と思ったのな。

 

とはいえ、今もTwitterで呟いてたりするんだけど。

 

 

「うちの子、発達障害なんだよね」と言う時、発達障害というものを知って

欲しい気持ちがある。けど、それ言わなくちゃいけないことかな?と親の私が

悩んでいるのに、息子になんて言えばいい?とこの点も、考えた。

 

考えたけど、わからないので息子本人に聞くことにした。

私は元来、雑な人間なので、『下手な考え休みに似たり』と思っている。

 

発達障害、って障害ってつくやん?聞いてどう思う?」

 

「んー、あー障害って名前なんやあって。まあ俺が〇〇障害?っていう話

 やろ。へーこれ障害なんやーって感じ。特になんもそれで変わらんし」

 

…雑な人間が産んで育てた子供は雑か。

いや、私はもうちょっとこの年代の頃はナイーブでデリケートやったはず。

きっと相方に似たんだわ。そしてその雑な相方が私を選んだってことは、

やっぱり私も雑…まあいいか。とりあえず。

 

それより大事なのは。

 

発達障害って話を今日したけどさ、これはさっきも言うたようにもの

 すごく特別なことではないねん。

 けど、自分の自己紹介をする時に、

『自分は左利きです、でもチンコは右向きです。

 おしっこが時々こぼれます』

 って事を、まず最初に話す人はいいひんと思うのな。

 母ちゃんは発達障害もそういう事やと思うの。」

 

「なんでチンコやねん!しかも、おしっこが時々こぼれてるのは俺と違う

 って前から言うてるやん!」

 

「いやまあ、その容疑はとりあえず置いといて(疑ってるけど)。

 もちろんチンコ右向きはたとえ話でさ。

 要するに発達障害というのも、チンコの向きと同じようにあまり人に

 いきなり紹介するもんではないんじゃないかなあと、母ちゃんは思って

 いて。

 何か困った時や知って欲しい時に言えば良いかなあと思うのね。

 

 で、発達障害の特徴を今日改めて本で知って、アンタはわかったやん?

 そうすると多分、これから学校や外で自分に似た特徴の人や、本で

 知ったような人を見て、『あ、あの人も発達障害?』ってわかると思う

 ねん。

 けど、それはその人の個人的な事やから、知ってようが知ってまいが

 『自分もそうやんなぁ?』とか『あいつもそうやろ』という事は言わ

 へんのがマナーやないかなあと思ってるねん。

 だって、わかったからって急にその人のとこ行って

 『自分、チンコ右向きやろ?俺もそうやしわかるねん』とか話しかけ

 へんし

 『あいつのチンコは右向きなはず』とか勝手に他の人には言わへんやん?

 そういう風に思うねん。」

 

「わかったから、もうチンコ言うのやめて (#´∀`)

 けどまあ、言いたいことはわかるし、俺はそういう話大体せえへんからなあ」

 

「え?チンコの話ってする人いるの?」(例えに出しといてコレ)

 

「だから、そういう話はせえへんって言うてるねん!」

 

 

我ながらいつも話が脱線気味で、回りくどいんだけども、わかってくれたのか

どうか。わからんかったとすれば私が悪い。

 

あともう1つ付け加えたこと。

うちにはもう1人発達障害の子がいるわけで。

息子2に関しては、通級利用の話なども家の中ではオープンに話してるので

改めて何か言うことでもないかも、と思ったけども一応。

 

「息子2やけど。あいつもそのうち発達障害の話をきちんとする日が来ると

 思うけど、まだ言ってないねんな。だから特にアンタから先に何か言うたり

 するのはちょっと待って。まあ兄弟でチンコの話をするのは別に良いかと

 思うねんけど、アンタと息子2はまた少しタイプが違って、左向きやったり

 するから。」(例えがチンコから離れられへん)

 

と言うと。

「ふーん、そういうもん?まあ別にわざわざ俺は話さへんけど。。。

 え?じゃあ娘ちゃんは?あいつはチンコないから違うの?」

 

ほーらな。私のたとえ話がくどいから、こうなる。

チンコと発達障害は関係ないのに、言いすぎて、娘ちゃんは女の子やから

違うとか変な方向に話が曲がってもうたがな!

 

そしてまた話が長くなったけども(特性と性別は関係ないとか、母ちゃんも

発達障害の傾向があると思うとか)それは書くとまた脱線して話が果てまで

行ってしまうのでここまでにしておく。

 

 

 

この話を書いておこうかなーと思ったのは、昨日TwitterのTLで

『障害名を言うかどうか』

『障害を話す時、相手のことを考えているのかどうか』

『なぜ障害名をいうのか?』

というようなtweetを見て、ちょうどうちで話していたこと・考えたことと

被ったので、私の立ち位置(チンコだけに)を自分で確認しておくために

書いた。

 

マイノリティであると、それを隠すのか、隠さなくてはいけないことなのか、

という悩みと、知られないままでいるデメリットと知らせるデメリットを

天秤にかけることが多いように思う。

少なくとも、私はそうだった。

 

けど、おばちゃんになって、ちょっと図太くなって、他人にズルいと言われ

ても、その方が生きやすいのなら都合よく、見せたり・見せなかったりしても

ええんじゃないかなあと思うようになった。

 

障害を都合よく使うなんて、と言われるかもだけど、障害も特性で、自分の

武器になるなら、それはそっちのがいいんじゃないかなあと。

 

まあそれは人それぞれの考えようやけどね。

 

 

 

 

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告知してみたった

軽く書いてるけど、一応下準備というか、話の展開は考えていた。

 

息子1も春から高校3年生で、進路を考えるにあたって、もうそこを話さない事にはなあーとなって、ようやく。

 

別に避けていたわけではないし、以前やってたブログでもブログ仲間の発達障害を持つお子さんの保護者さん達は、割と支援級や支援学校との関わりもあってか、小学校のうちから話をされていたので、うちもいつか(早いうちに)とずっと考えてはいた。

 

けど、改まって話す機会もないし、本人も一緒に児童心療科に定期的に通ってるくせに

「自分はどうして行かなくてはいけないのか?」という質問もせずに、のほほんと

「え?じゃあ早退してもいいの?昼ごはんは外食?ウハハハw」

という程度にしか考えず、質問もないのでここまで来てしまった。

 

この間、全く、発達障害からくるトラブルが無かったわけではないけども、それらは障害があるからといって、対処の変わるものでは無かったし、学校の先生方も障害のあるなしより、息子自身を見ての対応であったから、あまり意識せずに済んだというのもある。これはうちにとってはベストな環境だったんじゃないかなあと感謝している。

 

 

そして、今日、告知をしたわけだけども。

 

どこから話をしようかと考えて、これからの進路とドラクエの話からすることにした。

 

 

例えば。

ドラクエを始める時、まずはどこかの町や村へ行かねばならない。

周囲には1・2・3という場所がある。

歩いて行ける場所、馬車がいる場所、海を渡らなければいけない場所。

 

この時、まず、何をするか?

自分のHP、MP、所持金、装備している武具や防具、道具を見るわな。これ基本。

で、行けそうな場所を見る。途中にはモンスターが出る。

スライムからケモノ系やゾンビ系やらいる。それを倒して、行き着けるかどうかも考慮して向かうよな。

 

で。

今、息子はテレレッテテー♪と旅立ちの朝を迎えました。

いろいろ情報も仕入れて、村を出るんやけども、自分の装備把握できてる?

 

進路希望で、適当に近い学校を考えてるみたいやけども、そこに行ける装備持ってると思う?

 

っていう話を、今日これからするんやけどさー。

ちなみにアンタ、今自分のレベルどれくらいだと思ってんの?

 

と聞いたら、「鋼の剣、鉄の鎧、くらいはあると思う。」という。

いや、母的には今のアンタ「木のこん棒と皮の服くらいですよ」と(実際、模試の偏差値はその程度)現実を話した。

ただし所持金(進学に使えるお金は一応ある)と、のびしろがあると考えていること、得意な技もあるという話もした。

 

そしてここから、まず自分の得意なこと、できる自信のあることを洗い出そうやと話して、メモ書き程度に箇条書きさせた。

(ちなみにこういう話をする時は、うちでは必ずメモ用紙を置いて、落書きのようなイラストや、キーワードを書いて見せて、書かせて話す)

 

自分では1つしか出てこない自分の良い点、だったけども、私が

「でもこういうとこもあるよね?」と言うと、

「あーうんまあ確かに。でもそれって当たり前じゃない?」とか言うので、

「いや案外そうでもない」

とか、グチャグチャ話しながら話した。

 

そうしていくつかそういう得意な事が出てきた所で、買って置いてあった

www.amazon.co.jp

 

この本を持ってきた。

まだ障害名を出して話してない段階で、表紙に「アスペルガー」と書かれた本を見せるのには少し迷いはあったんだけども。

 

当たり前だけども「その本、何?」と聞かれたので、

「えーとこの本には発達障害について書かれていてな、ちょっと面白いので紹介したいんだけど。

ところで、発達障害って知ってる?」と逆質問すると

「ああ、少し?道徳の時間やったかな、習ったことある。えーと拘りがあったりする

人のことやろ?」

という、大変あっさい返答。まあでもこんなもんよなあと思いつつ、本の最初のさわりの『発達障害の人の割合』について話した。

 

そして『1%』についてどう思うか聞いてみた。「多いと思う?少ないと思う?」と。

 

すると息子は、「多いと思う」と答えた。なぜかと聞くと、

「100人いて1人と言うと少ないように感じるけど、日本の人口が1200万人だと

したら、12万人。12万人といえば多い人数と思う。」

「99%が違うと聞けば1%は少なく思うけど、1%はそうだと言われたら、おうそうかと思う。99%助からないと言うか、1%助かると言うかで感じ方は違うやろ」と。

 

これには苦笑。

 

まあこれなら良いかと思って、<雑な判断

「えーとそんな発達障害、実はアンタもそうです」(内心ジャジャーンと効果音入れてまう)

「あ、え、そうなん?あーでも大体知ってた」

 

逆にびっくり。

「は?え?なんで?知ってた?」

「あーうん、母ちゃん前に『発達が気になるから病院に行ってる』って言うてたやん。

 それで発達障害の話聞いた時に、そうなのかなーとは思ってた。」

「え?なんでそれもっと深く聞いてこおへんかったの今まで?」

 

え?だって聞いたら面倒くさそうやから?

「障害ってゆうてもなー、あー障害?そうなんやあーって」(己の事ですよ?)

 

私が。

17年くらい悩んで。

決意して話したらコレ。「面倒くさそう(だから深く聞かない)」

もう色々と ♪ダヨネーダヨネー♪って踊りたくなる。

そういう選択肢もありましたか!そうきたか!

 

 

それでも気を取り直して、本題に戻る。

今、これから進路を考えるにあたって、この面倒に思われる「自分のこと」を知らないと、次の村や町に行けないので、話をしますよと。

 

で、先の本を開き、定型発達タイプと非定型発達タイプというのがあって、アンタはこの非定型のタイプよりなので、その特徴を読み上げるよと。

 

そして1つずつ上げていくと

なにその本こわい!

めっちゃオレ当たってるんですけど!www」

 

いや、だからアンタこのタイプだって話してるじゃんw!でも、私もこの本読んだ時

「なにこれ私のこと、誰か書いてるww!」とめっちゃウケたので、やっぱり親子。

 

そしてそこから、

「あーこれは当たってる、これは違うなー。あ、でも前、こういうことがあった」

「そうそう、そういうとこ苦手ー」

と話し続けて、ある程度のとこまで来たので、あとは自分で読んでみてーと渡した。

 

 

そしてここから。

「と、まあ。こういう得意なとこもあって、苦手なとこもある。

 発達障害のない人たちは、わりかしその得意不得意の差が少なく、バランスの取れた

 キャラクターなんだけども、うちらは魔術系、騎士系、スナイパー系と得意不得意が

 かなりあるのな。なので弱点もかなりある。それを知って、得意な道を進まないとすぐ死ぬ。

今回この話をしたのは、進路を探して、決めるにあたって、そういう得意キャラを活かす道の情報を得ないといけないから。

それと、発達障害に関して最近は支援を行ってる学校もあると聞く。けど、それを学校の進路指導科で聞くためには、アンタ自身で自分がそうと知らんとそっち方面の情報を聞けない。

で、私も情報を集めるんだけど、むやみやたらと『アンタはこの学校に行け!』って言い方ではもう納得できんでしょ?

 

なので、今回、アンタの基本設定と、今の装備、HPMPの確認のつもりでこの話をすることにした。」

 

と言うと。

一応自分なりに色々合点がいったようで、ふんふん頷いて。

「じゃあ、とりあえず俺がやらなあかん事は、情報を聞いてみたり、自分がどれくらいの装備があるかやなあ。この本も読んでみるわ。

 うん、なんか進路でやる事がわかったからスッキリした。」て。

 

 

 

まだ、これから発達の凸凹について、特性について知っておいて欲しいネガティブな面もあるけど、今それはまだ話さなくてもいいかと置いておくことにした。

 

告知して何かが変わるわけじゃなくて、これが話の始まりよなあと話した後、今になって当たり前のことなのに改めて思ってる。

 

本人は「俺も進路について色々考えるわ!」といったその後から、

「よし!ほな、俺ちょっと友達と約束したから、遊びに行ってくるわ〜進路?帰ってきてからなー♪」

と出かけてしまった。

 

…日常は強いなあ。

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過剰な不安?

きな臭い法案の話で、日々TLを見ては考えたり休んだり。

 

とりあえず、疑問に思う事を書き留めておいて、自分なりに

納得のいく答えを探す事を続けようと思う。

 

『徴兵に関して』

以前に呟いたところ、防衛大学は優秀でないと入れないの

だし、そうそう皆が徴兵されるわけではない。

やる気のない(志願していない)人が勤まるようなところでは

ないのだから、無理矢理連れて行かれた人たちが危険な戦場に

送られるようなものではない、というリプをいただいた。

 

それ以外に今日読んだのは↓

「徴兵されないか不安なみなさんへ。」

http://okadamari.blog112.fc2.com/blog-entry-254.html

予備自衛官だというフリーライターの方が書いた記事。

 

誇りを持って志願し、自国の防衛に勤めたいと考える意識の高い

人なんだろうと思う。

そして、この方の言うように厳しい訓練を受けた自分たちと

なんの訓練も受けていない、意識もない一般市民が同じような

扱いを受けるわけがないというのが、リプの内容だったと思う。

 

 

それでも不安。

 

なぜかというと、先の戦争でも最初は志願した人からだったし。

まずは訓練を受けた意識の高い人たちが行ったでしょう。

その人たちは優先的に戦闘技術が必要な戦場に送られたでしょう。

でも、その人たちがそういった仕事に専念するためには、そうじゃない

仕事(食料の確保、手配、生活に関する彼此)は戦闘技術が低くても

できるわけで、そういった人員が必要になってきたら?

 

そういった場所はなにも戦場から遠く離れていないだろうし、私が

敵ならそういった場所も狙うよ?だって戦争なら、そういう後方支援

ルートをたたくのは有効だもの。

 

戦闘技術が高度化してきて、ミサイルや戦闘機での戦いが主だから

素人なんて邪魔だから、というのも解る。

だけど、だからといって、専門の知識を持つ人や訓練した人だけが

戦って済むんですよ、というのはあまりに楽観的すぎやしないか。

人員確保がそれで済むと?

 

無理矢理やらされるような人には出来ない、ということは戦地に

送られた後、意識を高く持って、やる気にならないと死ぬってことで。

そりゃ誰だって自分が死にたくないから必死になってやる気になる。

 

そんなやる気のない人を徴兵しない、というけども、今だって

「戦争行きたくないなんて利己的」という議員さんがおられるわけで。

「訓練受けてない素人がw」と半ば揶揄されるような記事がこうしてあって。

 

戦時中だって、赤紙だったんでしょ?別に引きずられて連れて行かれた

わけじゃないんですよね。

 

 

そういう不安を口にすると、考え過ぎ、不安を煽ってるだけ、そんな

徴兵とかうちの子まで連れて行ったりしないよ、と言う人たちがいる

のが不思議。

そういって戦争に関わる法案をええじゃないかと言う人たちは、

それよりか他国が責めて来たらどうする!仲の良い国が目の前で

戦ってるのに無視するのか?自国の人間が襲われるかもしれないのに?

というのね。

そっちの不安だけは真実みがあって、こっちの不安は杞憂であると

どっちも言うの。

だからどっちも「そうだそうだ!」とは言えない。

 

ただ、どっちも不安だと私は思ってるし、軍備いらんわーとは言えない

んだけど、優秀な愛国心のある人たちが行くんだから関係ないっていう

論も気に入らないし、一般市民は大丈夫ですよ〜という甘い話も

バカにしてるよなあと思うので、書いとく。

 

 

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娘の親

娘の習い事を辞める事にした。

まあ色々な事情があって辞めるんだけども、始めた時の気持ちが

ほぼ達成できたので、もういいかなーと思ったのが大きい。

 

非常に勝手な話だけど、娘の気持ちではなく私の気持ち。

その点、娘には少々気の毒だけども、娘の気持ちとはこれから

大きくズレていく習い事なので、大人になってもやりたければ

やれば良いと思う。

その時は習い事がやりたい気持ちと、自分の経済事情を考える

のは彼女自身だから、まあがんばれ、と思う。

 

 

娘が生まれて。

私はずっと「どうしよう?」と思っていた気がする。

私自身、あまり母親に娘として可愛がられた記憶が無いので、

同じように育てれば、おそらく私のようにチュートハンパ女が

出来上がるだろうと考えた。

女性だけどもどうにも女性として楽しく思えない、かといって

男性になりたい訳でもない、自信無くフラフラしてるイキモノ

になるだろう。

女性らしくしろと言われ、女性らしくしようとすると色気づい

てるといわれ、身なりに気をつけろと言われ、気をつけようと

すると何を着ても似合わない、化粧も似合わないと言われ。

 

まさか自分は自分が傷ついた言葉を娘に向かって言う事はないと

思うけども、そんな言葉を言わないまでも、娘を褒める事も出来

ないような気がしていた。

 

さてどうしようか、と。

ご飯を食べさせ、清潔な服を用意し、生活に気をつける事は

出来ても、男の子に言う「カワイイ」と女の子に言う「カワイイ」

は、どうやら世間では違う。自分は表面上それが出来るかもしれ

ないけども、やがて娘は気づくだろう。

女性を褒める「きれい・可愛い」は象やパンダやケーキやお花とは

違っていて、それは自信となり、女性の人生で武器にも盾にもなり

うるような気がする。

 

まあ、単に私が持ってないからそう思うだけなのかも知れないけど。

 

 

そう不安に思っていた時に、ある人に紹介されて習い事の見学に

行った。

女の子らしい習い事のその場には、いかにも女性らしい先生が居て

まだ小さい娘を見て、

「まあかわいらしい!」「かわいいかわいい!」と連発。

営業トークなんだとしても、これだ!とひらめいた。

 

私が娘を「カワイイ、カワイイ」と言えないとしても、こういう

ところで、他の人に「カワイイ!」をシャワーのように浴び続け

れば、私はつい謙遜のつもりで「そんな事無いです」と言わなく

ても良く、ただ「ありがとうございます〜」とだけ言えば、娘に

対して「カワイイ」を便乗で肯定できるじゃないか!と。

 

とてもよそ様から見ればアホらしい思考かも知れないけど、私は

いたって本気。

 

それから約4年。

娘の洋服をいっしょに選びに行って、

「こっちの服も◯ちゃんに似合うんちゃう?あ、こっちのも

 カワイイと思う。こういう格好、似合うなー」

「この色、好き?あーなるほど、合わせてみたら確かにカワイイ」

そんな会話を割と自然にできるようになったと思う。

カワイイ髪飾りとかつけた娘を思い描いて、カワイイと思えるし

言えるようになった。

よその人に「娘さんカワイイ〜」と言われてキョドる事も減った。

(今でもまだ返答に迷う事はある)

 

習い事で、何かするたびに、少し上手にできるたびに、

「カワイイ〜!もうホント、可愛らしいわあ〜」と浴びるように

言われてる娘と、それを見て慣れる事が修行(苦笑)。

慣れというのはすごいもので、そうして見ているうちに、

「カワイイ」という言葉の使い方と、使いどころに自信がついた。

「カワイイ」の便利さと効能の大きさにも改めて感心した。

 

 

 

ちなみに。

娘は一般的にかわいらしいと言われる顔かたちをしていると思う。

目鼻立ちのバランスがある程度整っていて、カワイイと言われる

条件の1つである目が黒目がちで割と大きい。

頬も女児らしく丸みがあって、顎は小さく頬とのラインが上手く

繋がってる。髪はツヤツヤで天使の輪っかが出来てる。

 

でも、こうして一般的に可愛いと言われる部位を上げて、

「〇〇が良いと思う」と言っても、あんまり響かないんだよね

たぶん。

手放しで、1オクターブ高い声で、女児ママたちが言う

「カワイイ〜!うちの娘ちゃん、カワイイ〜!」っていう

ひと言にはかなわない。

子どもには理屈や蘊蓄はあんまり必要なくて、感嘆詞の

ようなひと言の方が通じやすいという事なんじゃないかと

思うけど、この辺は正直まだよくわからない。

 

私はまだ1オクターブ高い声で「カワイイ〜!」とは言えない

けど、娘の性格は私に似て雑だけども、私は低い声ながらも

「カワイイ」と言えるようになって、娘は喜んだり怒ったり

(自分の気に入らない格好の時に褒められるのは嫌らしい)

してる。普通にカワイイ自分を楽しんでいるように見える。

 

習い事自体の成果はほとんどないけど(4年やっててコレ・苦笑)

これが私の目標で、ほぼその通りになっているのでそういう成果

で見れば、かなりの良い結果。

 

 

現像した習い事の写真を観ながら改めて思う。

うちの娘はカワイイ。

理由はいらない。「カワイイよ♪」とちゃんとこれからも

口に出して伝えようと思う。

娘の生きていく力の1つになることを願って。

 

あ、あと息子たちには「カッコいい!」な。

そういう言葉って想像以上にいろんな影響ある。

これも娘の習い事で知ったよ。

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普通の発達障害

さてもさても。

実はずいぶん放置しているけども、以前に別のとこでブログを書いていた事がある。

子たちの成長や、自分の日々の記録として書いていたんだけども、子たちが成長して自分の視点が、子たち自身の気持ちについていけてないなーと感じて休止状態になってる。

 

それが久しぶりにこうしてここで書いてみようと思たのは、Twitterで子たちの小さい頃の事を思い出して呟いたりしていると、RTされる人たちに小さいお子の保護者さんが多く感じたから。

不安なんだろな、不安だよね、不安だったよ。

そういう気持ちを思い出して、『広汎性発達障害』『高機能自閉症』『発達遅滞』と言われたうちの子たちが、それから十ン年経って、どんな感じになったか、ちょっとお知らせしとこうと思った。

 

なないおさんが呼びかけてくれた↓

【募集!】4月2日の世界自閉症啓発デーに向けて啓発記事をコラボしませんか?

という企画に乗っかってw

 

 

今うちには発達障害として、定期的に児童心療科に相談に通院している子が2人いる。

どちらも2年以上くらい置いて発達テストを受けて、進級や進学時に学校へ相談する時の材料にしている。

総合した数値は低い時で65くらい。高くて80そこそこ。

2人まとめて書いてしまってるけど、タイプも違うし凸凹具合も違う。だのに、どうして2人まとめて書くのか?というと、ここで細かくそれぞれの違いを書いても意味がないと思うから。

その違いは、あなたと私が違うくらい違うから。

 

同じ両親から生まれ、同じ血液型で、同性で、同じ頃に発達に疑いを持たれて、同じ病院で、同じように発達障害と言われたけど、タイプも性格も違う。

なので、いわゆる発達テストの数値を書いてみた。

おそらく『1年半から8ヵ月くらいの遅れがあります』と言われるあたりかな。

 

初めて発達テストを受けて、そう言われて、驚いて、悲観して、不安になって。

その気持ちは今もあんまり変わってないけど、子たちは成長して、変わったw

 

発達障害』と聞くと、まず発達に障害があるのだからそこで終わってるイメージを持つ人がいるようだけども、それは違う。

たとえば、陸上のレースで言うと、普通はただの200m走なのに、発達障害の子にはその200mの間にハードル(障害)が置かれていると思ってもらえば良いと思う。

当たり前だけど、ハードルのある方がスピードは遅くなる。そういうレース。

けど、遅くても進む(成長する)。

わたしが不安がってる間も、子たちは走ってたし、その分成長している。

気がついたら思いもよらないあたりまで進んでて、ものすごくビックリする事も多い。

 

 

そうして、発達障害なうちの子たちは今どうなっているか。

上の子は普通高校の一応進学コースのクラスで、毎日部活がキツいとぼやきながら通学している高校生になった。友人関係はあまり教えてくれないけど、一応LINEをして、いっしょにテスト対策したりする友人がいる。

小中学校時代は周囲も子どもだったし、ある意味いろいろな子が居たからしんどかったらしい。高校になると受験という制度のおかげで、近似値の子が集まるせいか、今が一番楽しいと言っている。

特性からだろうなあ、と思う失敗はもちろん多くあるし、そのたびに私はヤキモキしたり、不安でオロオロするけど、小さい頃のように予想して動く事はほとんど出来なくなっているし、その都度考えて対処するしかない。

…そう開き直ると、ちょっと気持ちが楽になることも確か(苦笑)

療育は就学前まで、その後特別なフォローはほぼなし。まだ学校にそういう態勢もなかったし、大人しいタイプで問題が見えなかったので放っておかれたというのが正しい。塾なども通わず。趣味の習い事のみ。

 

下の子は春から中学生。

友だち?というか、年下の子たちから誘われて遊びに出て行く毎日。なぜか小1〜小5に好かれてる様子。

中学校に行くのが楽しみ!と言ってるけど、頑張らないとと思うあまりか最近はよく腹痛を訴えてくる。でも、学校は滅多に休まないくらい体は丈夫。

勉強は正直「松竹梅でいうと竹の下」って感じ。塾には通っていない。こちらも趣味の習い事のみ。特性はあまり目立たないけど、困り感はいつもひっそりある。

ただ、上の子の時とは違って、この人の時には通級態勢がしっかり整ったので、3年間週1回利用させていただいたせいか、自分の困っている時にはどうすればいいのか?という事が解っているようす。 そのため、上の子よりは安心して見ていられる。

 

ところで、よく言われるのだけど。

うちの子発達障害なんだよね—と言うと

「でも、すごく絵が上手いとか!数学がバリバリ出来るとか!そういう才能があるんでしょ?そういうのをだいじにして開花させてあげれば!」

と言う人がいるんだけども。

 

そういう才能があるのは定型発達のお子さんも、ですよね。

発達障害だからって特別な才能もあるわけじゃなくて、その辺も普通。特別な何かはありません(笑)。

 

「じゃあ何で、どこが障害なの!」

 

と言われるかもしれないけど、だから、それくらい解りにくい程度の発達障害もあるんです。

1歳半〜3歳の発達検診で引っかかって、発達テストでそういう数値が出ていて、そうして過ごしてる子たちがいます。

人に見えにくい、自分だけのハードルを頑張ってこなしている子たちがいます。

もしかしたら、あなたもそうかもしれないし、わたしもそうかもしれない。

そういう人で案外世の中はあふれています。たぶん。

 

 

 

私は、自閉症啓発デーは『自閉症の人たち』を分けて理解する日じゃなく、自分たちの隣の、自分の中の自閉症を知る日であればいいなあと思う。

見えないハードルよりも見えるハードルの方が楽だしね。

 

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まわりまわる

調理家電が欲しいのな。
こう、なんていうかすごく料理が楽になるようなの。
スロークッカーを買ったのはもう3年ほど前か。便利は便利だけど、気がついてみれば我が家で煮込み料理が好きなのは自分だけだったりして、あんまりご登場されなくなった。

なんだよもう!だ。

 

で、今欲しいのは『大根おろし機』な。

大根おろしは家人も好きなんだけど、いかんせん摺るのがしんどいので滅多としない。
子たちにやらせてもいいんだけど、なんとなく白い大根おろしが灰色に見えるような気がしてならぬ。そんな気がするからヤメれ!というのも、なんだか自分の小ささがより灰色がかって見えるのでしない。

でも、夏に大根おろしは良いよなあ。簡単にできるなら3日に1回は食べたい。食べるよきっと!思えば思うほどに、大根おろしが無くてはならぬような気がしてきた。そういえばわたしがずっと食べたかったのはこれしか無い、無いと死ぬんじゃないかと(ry

 

で、大根おろし機を延々検索かけたわけ。(おかげで洗濯物が山となしてる)

 

ほうほうほう。

 

楽天やアマゾンで検索かけると、まず出てきたのは

・おろしちゃん楽々

・電気大根おろし機

TESCOMのフードプロセッサー

山善のミニチョッパー

などなど。

 

テンション上がるわーマジ上がるわー。みんな大根おろし食べたくて色々試してるよねえーレビュー読んだらそんな先人たちの

「3秒で大根おろしが!もう手放せません!」みたいなのが続々。

わたしも買うわーマジ買うわー。と思いつつ、ネガティブなので星1つのレビューも読む。

 

むむむむむむ。

 

…けっこう壊れるのな、そりゃわたしの腕が悲鳴を上げるくらいだからして、モーターもしんどかろうよ。。。でも、プロジェクトXみたいな人達が頑張ったんでしょ?この大根おろし機に技術者たちが血眼になって、試行錯誤を繰り返し、研究室で死屍累々となるまで…なのに、そんな、すぐ、壊れるとかって、、、ありそうだよね。

だって、大根おろし。

車でいうところの、箱根の山越え、耐久試走12時間なみの試練よね。(昨日録画してあった『LEADERS』観たのんな

大根おろし、厳しい。大丈夫なのかフープロ?いけるのかフープロ?

 

…それにしてもこのフープロ、どこに置くのか。

一応、先だって食器洗い機が壊れて外してしまったスペースがあるので(食器洗い機の選択幅の狭さから、食器洗い機はもう買わないかもになってる現在)、そこに出しっぱなしにしとけば良かろうとは思ってるんだけど、場所取るよなあコレ。

そもそもフードプロセッサーを大根おろし以外で使う可能性は、無いんだよなあうち。

タマネギおろしは魅力的だけど、野菜をみじん切りするような料理なんて滅多としないし。

おまけにこういう部品取り外して洗うの嫌い。洗い物嫌い。ギャーーー!っていうくらい嫌い。

 

んー。

なんでわたし、フードプロセッサーなんて欲しかったんだっけか?

ああそうそう、大根おろしね。

大根おろし、そんなに必要か?わたし?(賢者モード

いや、でも、大根おろしで餅食べたいわ。餅つき機、買っちゃったし今年。

コレに関しては餅好きの家人全員、絶賛してくれたし。

そうなると大根おろしは必要。

 

とか思て、検索を続ける事数時間。

テレビの『月曜から夜ふかし』でマツコ・デラックスさんが褒めてたちょっと良い大根おろし器を今ポチりそうになってる。

結局人力かよ!と思わんでもないけど、壊れなくて、楽チンで、美味しいのはやっぱり『人の手』の力なんじゃないかと…

 

 

なんだよもう!結局まわりまわって自分がやるんじゃん。

いっつもこんな風にまわりまわって元に戻る思考ばっかりやってる気がする。

これって昔話の『ねずみの嫁』と一緒だよなあ、って毎度思う。

子年だし仕方ないのか?仕方ないな!仕方ないからポチるわ!スライサー付きで!

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